小説で心の声の使いすぎには注意が必要

心の声

小説で視点主の心理を()などで囲むなどして心の声として表す作品をいくつか見たことがあります。

心の声のメリットとしては台詞であるため地の文で心理描写するよりも比較的簡単に視点主の心理を描けます。

もっとも心理を表現する方法を心の声に偏りすぎると地の文による心理描写が疎かになるなどのデメリットも存在します。

そこで今回は心の声について考察していきます。

心理は地の文で表現すべき?

初めに視点主を心理をどう描くべきかの考えですが、作風に合わせて両方の手法を使い分けるのが最善です。

笑いと取るなど台詞が主体となって作品に勢いを付ける作品だと視点主の心理を地の文で描くことで作品のテンポを遅らせてしまうこともあり得ます。逆に視点主の心理を心の声で描くことでテンポを削ぐことなく会話を進行させられます。

逆に地の文に厚みがある作品だと不用意に心の声を使用しないほうが作品の質を保てます。この辺りは人によってあらゆる持論を持っていると思われるので、無理して心の声の使用を禁止するなどはしなくていいでしょう。

少なくとも心の声を乱発すると文章が安価に見えてしまう

心の声は使用しても問題ありませんが、冒頭でも似たことを記述しましたが、心の声を安易に乱発することだけでは避けたほうが無難です。

小説は大まかに分けて台詞と地の文で構成される創作物です。心の声を乱発すると必然と地の文の量が減少するどころか小説全体の文章量も自然と少なくなりがちです。何故かというと心の声は心理を描くことが簡単であるが故に、文字数も減りがちです。もっとも人によっては文字数が少ないほうが読みやすい人もいるので必ずしもデメリットになる訳でありませんが、安価な作品という評価もされる可能性もあります。

文章量が減る以外にもデメリットがもう1つあり、それは地の文の技術が向上しづらくなることです。地の文による心理描写は小説の地の文の割合でも決して少なくはありません。地の文で心理を描くことにより単純な文章力が向上したり、場合によっては比喩表現の質も上がることさえあります。心の声を用いるとそういった経験を積める機会を逃していきます。

いくら台詞が多い作品でもある程度は地の文で登場人物の心理を描くことを推奨します。

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