小説のプロットは書いたほうがいい?

プロット

小説におけるプロットは土台ともいえ、本文を執筆中に書く内容に悩むことが減るという効果があります。
一方でプロット作りは本文の想定文字数が増えるほど、プロットを作る手間も増加します。
そのためプロット作りを嫌い、苦手という人も多いでしょう。
そこで今回は小説にプロットは必要かを考えていきます。

プロットがあれば物語に粗や矛盾を少なくできる!

プロットを作る第一の目的は本文を執筆する前から描きたい内容を把握及び整理できる点です。プロットなしで書くと執筆途中で本来書きたかった内容から逸れてしまい最悪執筆を挫折してしまうこともありえます。逆にプロットを作成しておけば、本来の構想から逸れることを防ぐことができます。

記憶はいかに正確に覚えていると実感していても時間が経過するごとに記憶が曖昧になっていることは珍しくありません。実際私自身も昔書き上げた作品の設定を久々に見返すと細かな設定を忘れていたこともあります。これが何らかの理由で執筆を中断した作品を時間が経過してから制作を再開しようとした場合、プロットがないと記憶頼りになるので制作に難航する確率は高そうです。

またプロットを作成しておくことで、本文を執筆する前に完成したプロットが点検することで物語の矛盾や粗を発見できます。特にこの作業は物語の質を安定させる上では個人的に大切な作業だと実感しています。矛盾や粗は意外と制作途中に見つけるのは難しいものがあります。

プロットを作っている最中であっても製作中は面白いと自負しても見返してみると案外つまらないと自覚することも珍しくはありません。なのでプロットを作る場合は出来上がった後、プロットを点検することをおすすめします。

プロットはどこまで詰めるべきか

正直プロットを何作も書いてきた私ですが、未だにプロット作りが億劫になるときがあります。原因としては冒頭でも伝えました物語の規模が大きいほどプロットを作成する手間が増えるからです。極力プロットの量を減らそうと試みますが、あまりプロットが浅すぎるとプロットの効力が乏しくなりプロットを作成する意義が薄くなります。

一方でプロットに時間をかけすぎると本文を書く時間が限られてきます。社会人だとどうしても執筆時間に少なるので時間に余裕がなくなるほどプロットをどこまで詰めるかの判断は非常に難しいです。
個人的には伏線を緻密に組み込む作品はプロットを詰めて制作します。伏線が分かりづらい場合や本来必要な伏線が欠けている場合、作品の質を落としかねないからです。

逆に伏線が少ない作品は物語の大まかな流れだけを記載するだけにしています。また盛り上がりが少ないと実感した場面は情報量を簡略化させ、山となる部分は力を入れます。

 

 

 

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